軽度認知症を呈した症例が移乗動作を獲得できた一例
― 学習行動理論を用いて ―
2017年度 【理学療法士学科 昼間部】 優秀演題
背景
今回,軽度認知症を呈した症例を担当した.本症例の特徴として,体幹と下肢において著明な筋力低下と関節可動域制限を認めた.これらは概ね改善したが,通常の口頭指示と反復練習では移乗動作の獲得ができなかった.その症例に対し,先行研究で報告されていた学習行動理論を用いて練習を行うと,移乗動作が獲得できたためここに報告する.
症例紹介
90代女性.階段で転倒し入院となった.診断名は運動器不安定症である.入院による環境変化により認知機能の低下がみられた.言語理解は可能であるが,言語表出の際に現在と過去が混在することがあった.
評価と治療
受傷後約2ヶ月経過時に初期評価を行い,その後1ヵ月経過時に最終評価を行った.初期評価の際,機能的自立度評価表(以下,FIM)は62点,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下,HDS-R)は16点であった.治療においては,体幹と下肢の関節可動域練習と筋力増強訓練を行い,自宅復帰に向けて,車椅子からの移乗動作練習を中心に行った.動作学習においては,山崎ら1)の学習行動理論に従った.まず,課題分析により,獲得したい動作を細分化し,身体的ガイドによって患者に直接触れて指導を行う.次に,プロンプトフェイディングによって患者に与えるヒントを減らし,時間遅延法により,一定の時間思い出せない場合にヒントを与えた.社会的強化として,賞賛と同意,笑顔を用いた.また,日時の管理を目的に病棟内にカレンダーを設置した.
結果
最終評価の際,筋力と関節可動域の改善がみられた.HDS-Rは19点となり,FIMにおいては82点と,20点の上昇がみられた.
考察
本症例は,筋力低下と関節可動域制限は改善したが,手順がわからず移乗動作が行えなかった.そこで学習行動理論を用い,獲得したい動作を細分化し,成功体験を増加させ反復練習を可能にし,身体的ガイド法によって動作がスムーズに行えるようになった.また,プロンプトフェイディングにより患者の介助を最小限にし,時間遅延法により自発的に行動を起こすことができるようになったと考える.中島ら2)は,社会的強化が重度の失語症患者の動作学習において,強化刺激として機能すると述べている.本症例において,適切な動作が行えた際は賞賛と同意,笑顔を行うと,動作学習に対しての意欲が高まった.そして,徐々に賞賛と注目の回数を減らし,内在的刺激へ変換させることで,自ら行動を起こすことができるようになったと考える.これらのことにより,車いすからの移乗動作が獲得でき,病棟内でポータブルトイレ自立となったため,FIMは20点もの上昇をみせた.また,HDS-Rにおいて,病棟内にカレンダーを設置したことにより時間記銘の正解が得られ,3点上昇したのではないかと考える。
まとめ
軽度認知症の症例に対して,動作の獲得を目的に学習行動理論を用いることは有効であると言えるかもしれない.
参考文献
1)山崎裕司,豊田輝・他:学習行動理論を用いた日常生活動作練習.高知リハビリテーション学院紀要.8,2006,1-9.
2)中島秀太,山崎裕司・他:賞賛方法の違いが理学療法参加率に与える影響―重症失語症患者における検討―.高知リハビリテーション学院紀要.16.2014,29-33.