卒業研究発表

優秀演題

理学療法士の緩和ケアでの役割

― S状結腸癌末期に伴い他部位転移を呈された症例 ―

2016年度 【理学療法士学科 昼間部】 優秀演題

はじめに

 今回,末期癌患者を担当させていただく機会を得た.
近年,がんの罹患率は3人に1人といわれているが,いまだに多くの人が「死と向き合う病気」というイメージを抱いている. また,今後緩和ケアを必要とする患者数が増加することが明らかになっており,がん医療における緩和ケアの必要性がますます高まると推測される.1)
 リハビリテーション(以下,リハビリ),特に理学療法をがん患者・家族が必要としているのか,理学療法士がどのように関わっていくべきなのかという観点を検討したので以下に報告する.

症例紹介

 80歳男性.診断名はS状結腸癌STAGEⅣ.合併症として左股関節骨転移,肝転移,脳転移があった.いつ亡くなってもおかしくない状態であると告知されており,一般病棟から緩和ケア病棟へと転棟.毎日妻が見舞いに来られ過ごされているが,余命の絶望感から会話を好まず,覚醒されていても目をあまり開眼されない状態であった.

経過と治療

 緩和ケア病棟転棟前よりDr,Ns,PT,管理栄養士などから緩和ケアチーム発足.栄養状態や骨転移への対応に注意し,点滴による疼痛コントロールを行いながら安らかに最期を迎えることを目的に緩和ケアを開始した.
 転棟1日目,倦怠感・食欲不振を訴えており天井ばかり見る毎日に「もう死にたい」と発言される.4日目,点滴により疼痛コントロール下でPT,Ns計4人がかりでリクライニング式車椅子への移乗を行い,病棟内を散歩.窓から外の景色を眺めると目を見開いて「久しぶりに外を見た.ええ天気やなぁ」と笑顔で話してくださる.5日目もリクライニング式車椅子に移乗し散歩を行う.4日目リハビリ後,「明日もリハビリに来てくれるかな.リハビリが楽しみや」と妻へ話される.6日目,7日目嘔気・嘔吐強くリハビリ介入不可となる.8日目早朝,病態急変.妻・息子に看取られ永眠される.

考察

 リハビリやケアはがんとの闘いに自らも参加しているという気持ちを生み,医療者との対話も孤独感を癒すため,治療に最も必要な「前向きな姿勢」が生まれやすくなるといわれている2).
 緩和リハビリにおいては,病状だけでなく患者の希望(need,hope)を理解したうえで,ゴール設定を行うことが重要である.終末期では患者の希望が needとして明確に挙げられるが,実現不可能であることも多く,need を実現するためではなく,「日々を心地よく過ごす」ため,すなわちリハビリそのものが生きる希望(hope)になる場合も多い.病状が漸次悪化する過程での緩和リハビリでは,「希望」の need が実現不可能な状況であっても,生きるhope を支える意味で,終末期でもリハビリを継続する意義がある.安部は,たとえ終末期でADLが低下してもQOL 向上があるところに,緩和リハビリの存在意義があると述べている.3)
 また,がんに罹患することで,活動性,生産性の低下から生きる意味や自分らしさを見失いやすい.さまざまな症状やADLの低下に伴い,日常生活における依存性が高まる.「人の世話になって生きるのはつらい」と他者へ依存する負担感に苦しむ.このような自己存在の意味や価値に関わる,生きることの根源に関する苦悩(苦痛)が,スピリチュアルペインと呼ばれ,そばに寄り添うことが良いケアに繋がるとされている.4)

おわりに

 理学療法士のがん患者との関わりの中では,どんなに頑張ってもどうにもならないこともあり,無力感を感じることもある.しかし一瞬の輝きであっても,その価値や素晴らしさを理解すれば,大きなやりがいを感じることができる.
 直接ベッドサイドで患者や家族から,「リハビリが一番の支えである」,「リハビリが最も楽しみである」などの声を聴くことができ,機能障害にアプローチできなかったとしても,スピリチュアルペインに寄り添うことで理学療法士が終末期患者により良く関わることができると感じた.

文献

1)津熊秀明・他:がん罹患の動向と緩和ケアのあり方.ターミナルケア.13(10),2003,2.
2)辻哲也,里宇明元・他編集:癌のリハビリテーション,金原出版,東京,2006,39-48.
3)安部能成:癌緩和医療におけるリハビリテーション医学.癌の臨床.51(3),2005,181-187.
4)加賀谷肇・他監修編集編:がん疼痛緩和ケアQ&A-効果的な薬物治療・QOLの向上を目指して-.じほう,東京,2006,10-13.

記事一覧
大阪医療福祉専門学校 TOP

CATEGORY MENUカテゴリーメニュー

もっと詳しく知りたい方は