卒業研究発表

10m歩行テストにおいて二重課題条件下歩行で歩行速度が低下した症例

― ―注意機能に着目して歩行の実用性について考える― ―

2016年度 【理学療法士学科 昼間部】 口述演題

はじめに

右人工膝関節全置換術(以下右TKAとする)を施行された80歳代女性の歩行動作に着目し理学療法を行った結果,最終評価で病棟内右杖を使用し10m歩行テスト(以下10mWT)において改善が認められた.しかし,最終評価時に二重課題条件下(以下DT)(掛け算実施)で10mWTを行ったところ歩行速度の低下が認められた.身体機能の変化はないにも関わらずDTでの歩行速度が低下した原因について報告する.

症例紹介

80歳代の女性.平成20年頃に右膝関節痛が悪化.平成28年5月に右変形性膝関節症と診断され,6月に右TKAを施行する.既往歴に平成4年(24年前)に施行した左人工股関節全置換術がある.認知機能・注意機能に著明な問題はなかった.

初期評価と治療

術後5日目より初期評価・治療を行い,20日目より最終評価を行った.術側膝関節の可動域は屈曲110°伸展-10°であり屈曲時に術創部痛あり.徒手筋力テストは術側膝屈曲4,伸展4,であった.院内の移動手段は車椅子・歩行器・右杖歩行へと移行していき,術側下肢痛も軽度であった.術側膝関節の可動域練習・筋力増強練習,自宅復帰に向けて歩行練習を中心に行い,加えて自宅での基本動作指導を行った.

結果

術側膝関節の可動域・筋力・運動時痛の改善が認められ,右T字杖を利用した屋内外歩行を獲得した.
歩行能力の指標として行った院内の10mWTでは,初期評価時の自由歩行で行った結果は平均23.26秒/25歩,最終評価時の自由歩行で行った結果は平均17.68秒/22歩であった.しかし同日に掛け算という課題を与え10mWTを行うと平均20.88秒/23歩となり3.2秒遅くなった(最終評価時のみ行っている).

考察

歩行は無意識に半ば自動的に行われているように見えるが,実行機能や注意力が深く関与しているとされている.そのため会話や暗算などを行いながら歩行すると,歩行速度の低下や計算を間違えたりしやすくなる.特に高齢者ではこれが著明となり,歩行障害や転倒と実行機能や注意力との関連が指摘されている.¹⁾
DTでは課された2つの課題に対して注意を適切に配分しながら課題を遂行することが必要となる.本症例では歩行能力の低下や不安により歩行に向けられていた注意量が,掛け算という2つ目の課題を与えられたことで不十分となり,歩行速度の低下が起こったと考えられる.山田らの研究では運動機能に加えて注意機能training(TMTpartA TMTpartB 仮名拾い検査)を実施した高齢者の10mWTにおいて,自由歩行では介入前と比較して0.9秒歩行速度が速くなったが有意な差は認められなかったが,DT歩行では3.1秒歩行速度の上昇が認められており,注意機能trainingによる注意機能の向上が要因であると示唆されている.また運動・注意機能trainingを行った高齢者にのみ転倒人数の減少が認められている。²⁾注意機能トレーニングとして山田らの研究でも使用された検査に加えて絵を利用した間違い探しがあり,自宅や病室でも行える安易的なものである.
このことから本症例においても運動機能trainingだけでなく,注意機能trainingも行うことが重要で,歩行練習においてもただ歩行させるのではなく計算,しりとりなどの課題を与え,患者個人が行う課題として前述した注意機能trainingを行うことがより日常行っている歩行に近づき,歩行の実用性を向上させ転倒予防としても望ましかったと考えられる.

結語

日常的に行われている歩行だが,歩行中には複数の課題を遂行しており,これは今回着目したDT歩行と類似している.つまり日常的に行われている歩行の獲得には運動機能だけでなく注意機能も必要で,両機能の低下する高齢者においては両機能へアプローチすることが重要であると考えられる.

文献

1)奈良勲・鎌倉紀子:標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野 老年学 第4版.医学書院,東京,2014,27.
2)山田実:注意機能trainingによる転倒予防効果の検証.理学療法科学.24(1),2009,71-76.

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