卒業研究発表

伝達意図のある発話の増加及び/s//ʃ/構音の定着に取り組んだ自閉症スペクトラム児の一例

2017年度 【言語聴覚士学科】 口述演題

はじめに

 /s//ʃ/構音が[tʃ]に置換することにより伝達に困難を呈した自閉症スペクトラム症例の構音訓練に取り組む機会を得たので以下の通り報告する.

症例紹介

 A様(15歳 男性),医学的診断名は自閉症スペクトラム.

初期評価と治療

 本児は指示に従い訓練の遂行ができるが見通しがつかないと自分の行動をコントロールできないことがある.また次の課題に移る時に机の汚れを無言で消し始め,指示が通らなくなることが観察された.そこで声かけを用意しておき,約束事の教示文としてあらかじめ視覚的に提示することにした.言語理解は文脈の理解は弱いが何度か経験しているものに関する声かけでは5語文まで可能.言語表出では自発話は2語文まで可能.構音評価は仮名単語を文字で提示し自発話と復唱を観察したところ被刺激性が見られた.提示語「さかな」「かさ」「すいか」「ばす」に対し本児は[tʃakana][katʃa][tʃωika][batʃω]と発音した.「さかな」「かさ」では自発話,復唱とも[s→tʃ]に置換した.「ばす」は本児の注意が逸れていたため復唱できなかった.「すいか」は被刺激性があり復唱で若干の改善がみられたが正常構音ではなく歪みのある発音であった./ʃi/は歪みがあったり正常であったりと浮動した.

治療経過と結果

 呼気操作は呼気を視覚的に確認できるよう紙に息を吹きかけてもらい訓練した.弱い息は勢いがあったが誘導すると勢いを弱めることができた.舌運動は「あっかんべ」の舌の操作は良好.「舌を後ろに引く」の指示には理解困難を示す.舌を歯茎に付ける,口蓋に付けるでは指示に従い模倣し探索しながら舌の操作が可能.歯茎や後部歯茎音に必要な舌の操作や摩擦音産生は単体ではできるが単音節では/s//ʃ/音の[tʃ]への置換が顕著であった.単語では正しく発音できた単語も観察された.ただし,いつも安定して正しい発音はできていない.このため口腔機能の訓練と聴覚刺激法を併用しながらキーワード法でアプローチした.他者弁別は可能だが聴覚フィードバックを促すため本児に自分の発音について「言えた」か「言えていないか」を聞きながら丸付けをし自己弁別を観察したところ自己弁別は困難さが見られた.全訓練を通し構音に浮動性があり構音の安定は図れなかった.

考察

 [tʃ]に置換する原因として①癖②舌の十分な脱力ができておらず継続したソフトブローイングができていない③舌先の巧緻な操作ができないために舌が口蓋に付く,等が考えられた.本児の構音を聴いていると音が詰まったような聴覚印象を受けたことから発音時に緊張が高まることで舌に力が入っているのではないかと仮説を立てた.舌の脱力を促し破裂音/t/を取り除くために継続したソフトブローイングの訓練を取り入れた.構音訓練中,自らささやき声で試行しながら発音する様子が見られた.しかし呼気だけではソフトブローイングの産生ができても歯茎及び後部歯茎摩擦音産生のときでは活かされなかった.

まとめ

 訓練方法は産生訓練(運動),語音弁別訓練(聴覚)の両側面からアプローチするのが望ましいが今回は舌の脱力に着目し語音弁別訓練があまりできなかった.語音弁別訓練では心理負担に配慮した聴覚フィードバックと自己弁別の向上が必要と考える.先行研究によると「自閉児の構音発達も健常児とほぼ同じ音声分化をたどりながらも,しかしある一定の年齢段階から分化が滞って進歩していない状態」3)と考えられている.根気強く訓練を行いながら経過観察と精神的に不安定にさせないような環境調整が必要である4).

文献

1)藤田郁代・他:標準言語聴覚障害学 言語発達障害学 第2版.医学書院,東京,2015,242-250
2)高見観・他:小児の構音発達について.愛知学院大学心身科学部紀要第 5号.2009,59-65
3)大嶋留美子:自閉児の構音異常,情緒障害教育研究紀要 第 1 号 1982年
  4)阿部雅子:構音障害の臨床 改訂第2版.金原出版,東京,2015,32

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